韓国現代史をつむぐ詩人の追憶
日韓通訳・翻訳家
森脇 錦穂(moriwaki kumusu)さん
若松トピックス
平成29年(2017)、「朝鮮通信使に関する記録」のUNESCO世界記憶遺産登録に際し、韓国側の学術委員長として尽力された元・釜慶大学総長の姜南周(カン ナムジュ)先生は、76歳の時、韓国で小説新人賞を受賞されました。老いてなお、新境地に挑む先生の作品は、高齢社会に向かう表現者の矜持であり、国を超えて共感できるテーマを紡いでいます。
この短編小説集を翻訳しようと思った動機はなんですか?
森脇さん: 作者の姜南周先生との交流は、十数年前、当時、釜山文化財団の代表理事であった先生が日本に来られた際に通訳を担当した時からで、その後も新年の挨拶や近況を知らせるメールなどを交換していました。
文化財団の代表理事職を退いた後、先生は小説という新たな世界に挑戦し、短編小説や長編小説を次々発表され、76歳の時、韓国文壇で新人賞を受賞されました。
新作を発表される度に送って下さる作品を手にしながら、先生の情熱と行動力に感動を覚えました。私の周りにも小説を書きたいと言う人達はいますが、それを実行に移した人を目の当たりにしたのは初めてでした。
コロナ禍で世界が停滞してしまったような2020年の始め、突然、先生から電話があり、ご自身の小説の翻訳本を日本で発表したいので協力して欲しいとのことでした。パンデミックという状況のなかで、じっくり翻訳に取り組む作業に興味をそそられました。
この短編集の魅力はなんですか?
森脇さん: この短編集は八つの短編からなっていますが、それぞれのテーマは現在の韓国社会が抱えている様々な問題を取上げています。いずれのテーマも先生ならではの感性と豊富な経験、知識に基づいて、戦後、高度成長を遂げた韓国でひたむきに生きて来た市井の人々の営みが活き活きと描かれています。
集録された作品は今時の若者の物語ではありませんが、詩人でもある先生の文体は簡潔で若々しく、私にとって翻訳作業は新たな発見の連続であり、楽しい時間でもありました。
どんな内容が描かれているんですか?
森脇さん: この短編集のタイトルになっている「草墳」は、韓国の南の島々で行われていた葬儀の風習を扱っています。作者は学生たちと民俗文化調査のため訪れた南の島で、この「草墳」に出会うことになります。物語の中では、この風習の実態と古くから継承されてきた人々の考えや、時代の変化と共に消滅の道をたどる過程など、まさに失われた韓国民俗史にスポットを当てています。しかも、沖縄の「洗骨」という葬儀の風習に似たところがあり、大変興味深い内容になっています。
その他、朝鮮戦争やベトナム戦争のなかで力強く生きて来た人々の哀歓を描いた「キャプテン・パーカー」や「花札」、「風葬の夢」。また、戦後の貧しい時代を共に歩んできた夫婦の物語である「一人になった部屋」は、急速に変化する韓国社会で生きる高齢者の日常に共感を覚える作品です。さらに、韓国の社会問題として注目されている孤独死や性被害の問題を扱った「不在者の証言」や「鳥になる」などの作品で構成されています。
歴史書や学術書に表われない戦後韓国の市井の人々の生活や、今では失われてしまった韓国の風習に、日本との共通点を見出だす機会にもなると思います。
<作者紹介>
姜 南周(カン ナムジュ) 1939年生れ
釜山水産大学校卒業、釜山大学校博士課程修了(文学博士)
釜慶大学校教授・総長、釜山文化財団初代代表理事
朝鮮通信使記憶遺産UNESCO韓日共同登録韓国側学術委員長
「痕跡を残すこと」他、10冊の詩集を発表
「文芸研究」77号(2013年夏)新人小説賞受賞
長編小説「柳馬図(유마도)」「秘窯(비요)」、
短編小説「一人になった部屋(따로 쓰게 된 방)」他、多くの文学雑誌に短編小説を発表
<翻訳者紹介>
森脇錦穂(モリワキ クムス) 日韓翻訳・通訳家
TBS(RKB)ソウル支局、KBS国際局勤務を経て、九州国際FMパーソナリテイー、
北九州国際交流協会理事、北九州市立高等学校韓国語講師
第13回松本清張研究奨励事業研究報告(共同研究、2013年1月)
「韓国における清張作品の受容に関する調査・分析(映像化された作品を中心に)」
現在、北九州市市民カレッジ講師(九州国際大学地域連携センター)
「韓流ドラマで学ぶ韓国語の世界」を担当
*70代で新人賞 海超え日本へ(西日本新聞、2024年4月23日) http://wakaten.net/wp-content/uploads/2024/05/sofun-nishinihon.pdf