文化資産を活用した観光地形成とまちづくり

<韓国・釜山市ヨンド区の事例>
九州国際大学 現代ビジネス学部 地域経済学科  Choi Keum jin 教授

若松を興す

1.地域再生事業の始まり

影島(ヨンド)区は釜山広域市中心部と四本の橋で結ばれた島である。人口約12万人、面積は釜山市全体の2%(約15㎢)で、市内15区のなかで開発の遅れた地域であった。しかし、積極的な地域再生事業によって若者を中心に観光客が増加している。今回はそうしたヨンド区の状況について紹介する。

<釜山広域市影島(ヨンド)区>

ヨンド区の開発は、2019年、文化体育観光部(省)が定める「法定文化都市」に指定されことに始まる。2020年には「ヨンド文化都市センター」が開設され、2021年には「芸術と都市の中の島・文化都市ヨンド」をコンセプトに、これを視覚イメージで表現するためのブランディング事業が動きだした。

5年間(2022~2026)で最大100億ウォン(約10億円)の事業費が国から支援される「法定文化都市」に選ばれたヨンド区は、国からの支援を受けながら住民自らが地域文化の発展に努め、地域共同体の回復を図る活動を展開。2023年度の総合評価において、24箇所の法定文化都市の中で最優秀都市の一つに選ばれた。

<蓬莱山の麓に広がる市街地と海岸遊歩道>

2.文化都市事業の内容と成果

ヨンド(影島)区は、まちづくりのテーマに「文化芸術で興す」を掲げ、(1)芸術文化を通じて隣人を繋ぎ、孤立感を和らげ、(2)子どもの文化教育環境を整えて(3)若者文化の育成と流入人口を増やし、(4)文化遺産の記録や拡散を促すことで(5)文化都市としてのブランディングに努めている。

なかでも、「都市の中の島・ヨンド」のアイデンティティである「繋がり」の価値を、一筆書き(One line drawing)で表現する書体(ヨンド体)の開発が高く評価され、地域キャラクターやスローガンなどに頼る従来型の都市ブランディングとは一線を画した点が特徴的である。

昨年には「ヨンド体」による都市ブランドのロゴが、世界三大デザイン賞の一つであるドイツのiFデザインアワードのブランディング部門賞を受賞した。これは2022年のレッドドットデザイン賞受賞、米国のIDEAでの銀賞受賞に次ぐもので、韓国の自治体ブランド史上初の快挙であった。

事業を主導したヨンド文化都市センターは、「ヨンド体」を都市ブランドとして活用するだけでなく、認知度を高めるため「ヨンド体フォント」を無料公開した。その結果、これまでに2700万件ダウンロードされ、放送や広告媒体、グッズなどに広く用いられ、既に94億ウォン(約9億円)相当の経済効果を生み出している。

また、「文化都市ヨンド」のブランドイメージを拡散するため、デザイナースクールや国際フォーラムなどを誘致し、より多くの区民が文化都市ブランディング事業に参加できるよう多彩な企画を展開。さらに、毎年30件以上の文化創業案件を立ち上げ、ヨンド区の文化遺産資料を網羅した「アーカイブ・ヨンド」を公開。子どもの文化活動拠点づくりや「カンカンイ芸術村ツアープログラム」などの運営も行っている。

こうした取り組みによって、文化都市事業が実施される以前の2019年度に比べ、文化事業実施件数が大幅に増加し、映像オーディオ関連が5倍、デザイン関連が2.3倍、出版業も2.5倍拡大した。地域の共同教育施設やカンカンイ芸術村への来場者数が増え、ヨンド区に居住する芸術家や芸術文化教育に関わる人材も増加している。

昨年の釜山市社会調査指標によれば、区民の余暇施設・余暇活動満足度は、釜山市16行政区の中で上位に位置し、年々満足度が高まっており、ヨンド区の抱える様々な都市問題に対しても、「芸術文化の力」で解決策を見出しながら地域の活性化を図っている。

<芸術と都市の中の島・ヨンド>

3.事業展開に伴う問題点

しかし、観光地として人気が高まる反面、訪問客の急増によって伝統的な地域社会が急変しつつあることも事実である。

ヨンド区の代表的な観光地になった「白瀬(ヒンヨウル)文化村」の場合、造船不況や新都市開発による人口流出と高齢化によってスラム化していたが、2011年頃から空き家を改造して地域の芸術家たちに創作の場として提供したことで、家屋ごと塗装され壁画が描かれはじめた。

さらに、2013年に映画「弁護人」のロケ地になったことで観光客が増加し始め、急斜面に白い家が立ち並ぶ風景から、「韓国のサントリーニ」と呼ばれるようになった。

洒落たカフェや工房などが出展し始め、住宅を小さなカフェに改造する程度だったものが、観光客の増加と共に大型カフェが続々と出展するようになった。2023年8月現在、営業中のカフェは40カ所で、村全体の建物の4分の1がカフェで占められている。なかには不法増築されたルーフトップカフェが増え、路地裏にまでの進出している。

実際、この小さな村に年間100万人近くの観光客が訪れ、騒音や私生活空間への侵入などの迷惑行為が原因で村を離れる人も多く、家賃の高騰によって村を育んできた芸術家たちさえも追い出される有様だ。まさに、芸術文化を保全・育成して村を再生するという目標はどこに向かっているのか、疑問を呈する声も高まっている。

変化自体を防ぐことはできないが、副作用を最小化するための具体的な方策が必要である。外部からの移住者が先住者を追い出す様な状況を最小化するため、先住者、移住してきた新住民、出店事業者など、それぞれの利害関係を調整する自治体の役割が重要だと専門家は指摘している。